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東京高等裁判所 昭和60年(行コ)6号 判決 1985年8月07日

控訴人(原告) 公望聡史 外一名

被控訴人(被告) 東京都知事 東京都建築主事

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人東京都知事が昭和五八年九月三〇日付で建築主株式会社虎玄に対してした建築基準法四八条五項ただし書の規定に基づく許可を取り消す。

3  被控訴人東京都建築主事が昭和五九年一月一一日付で建築主株式会社虎玄に対してした建築基準法六条の規定に基づく確認を取り消す。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

主文第一項同旨

第二当事者の主張

次につけ加えるほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

一  控訴人ら

1  建築基準法四八条は、都市計画法に定める地域地区について、地域制(ゾーニング)を導入し、原則としてそれぞれの地域においては一定範囲の用途の建築物しか建築を許さないという、建築物の用途の観点からの規制を行い、土地利用の増進及び環境の保護を図ることを目的としている。したがつて、特定行政庁が、同条五項ただし書の規定に基づき、申請にかかる建築物が建築されることによつて商業の利便を害するおそれがないかどうかを判断するに当たつては、現に商業を営んでいる者の利便が害されるかどうかの点に限ることなく、右ゾーニングの立法目的からみて、現在及び将来にわたつて商業地域内の商業活動の効率化に支障を及ぼすことがないかどうかについて検討し、決すべきものである。そして、現に商業地域内にあつて申請にかかる建築物の隣地に生活しているか又はその隣地を所有し、商業地域内の土地を利用するについて利益を享受している者は、商業地域内の土地が現在及び将来にわたつて商業用途のために利用されることについて日常強い利害関係を有しているのであるから、本件許可の取消しを求める原告適格を有するものというべきである。

2  仮に、現に商業を営む者のみが右原告適格を有するとしても、控訴人中央不動産株式会社(以下「控訴会社」という。)は、昭和六〇年二月一日以降本社ビルの隣地の建物を賃借し、ここに営業所(事務所)を設け、商業(不動産管理業、貸借の受託、飲食店の経営等)を営んでいるから、本件許可の取消しを求める原告適格を有することは明らかである。

3  本件許可と本件確認とは、一応別個の行政処分ではあるが、本件許可は本件確認の前提となつており、違法性を承継する関係にあるので、本件許可について審査請求を経由していれば、本件確認について審査請求を経由しなくても、行政事件訴訟法八条二項三号にいう正当な理由があるというべきである。

二  被控訴人ら

1  控訴人らの主張1は争う。

商業地域内にあつて建築許可申請にかかる建築物の隣地に居住している者又はその隣地を所有している者が、当該地域内の土地を利用することによつて受ける利益は、建築基準法によつて保護された利益ではなく、事実上享受し得る利益にすぎないから、これをもつてその者の右建築許可の取消しを求める原告適格を肯認し得るものではない。

2  同2のうち、控訴会社が本件ビルの隣地の建物において飲食店を経営していることは否認し、控訴会社が同建物を賃借し、不動産管理業、貸借の受託を営んでいることは不知、控訴会社が本件許可の取り消しを求める原告適格を有するとの点は争う。

3  同3の主張は争う。本件許可と本件確認とは、法的性格を異にする上、両者が結合して一つの法律的効果の発生を目差している場合でなく、それぞれ別個独立の行政処分であるから、前者の違法性が後者に承継されることはない。また、本件許可については審査請求を経由して取消訴訟が提起されており、本件確認について審査請求を経由しないことの適否が問題になつているのであるから、講学上違法性の承継が問題にされる場合と事情を異にし、違法性の承継があることを理由に、本件確認につき審査裁決不経由の正当理由ありとする控訴人らの主張は、根拠を欠くものである。

第三証拠<省略>

理由

一  控訴人らの本件確認の取消しを求める訴えについては、当裁判所も、審査請求に対する裁決を経ないことにつき行政事件訴訟法八条二項各号所定の事由があると認めることはできないから、これを不適法として却下すべきであると判断する。その理由は、次につけ加えるほか、原判決理由説示一と同一であるから、ここにこれを引用する。

控訴人らは、本件許可と本件確認との間に違法性の承継があることをもつて、後者につき審査請求に対する裁決を経ないことについて正当な理由がある旨を主張するが、その趣旨は、右の二つの処分について控訴人らが主張する違法事由は共通であり、要するに本件許可が違法であるというに尽きるところ、本件許可が違法とされれば当然に本件確認は違法とされることになるから、本件許可について審査請求をした場合には、本件確認について審査請求をすることは同一の事由について重ねて同一裁決庁の判断を求めることに帰し、無意味であつて、このような場合には、本件許可についてのみ審査請求をすれば足りるというにあると解せられる。そうすると、右主張は、さきに判断を示した前記控訴人らの主張と異ならないことになり、前説示と同様の理由(原判決書一九枚目裏四行目中「しかし、」から同九行目中「できない。」まで、及び、二〇枚目表七行目中「しかし」から同裏末行中「考えられる。」まで)により、採用できない。本件許可が本件確認の前提をなすもので、両者の間にいわゆる先行処分と後行処分という関係があるものとしても、右の結論に変りはない。

二  控訴人らの本件許可の取消しを求める訴えについては、当裁判所も、控訴人らは原告適格を有しないから、これを不適法として却下すべきであると判断する。その理由は、次につけ加えるほか、原判決理由説示二と同一であるから、ここにこれを引用する。

1  建築基準法四八条五項本文の規定が、商業地域内において一定の建築物の建築を禁止した趣旨は、商業地域が主として商業その他の業務の利便を増進するため定める地域(都市計画法九条五項)であることから、かかる商業その他の業務に支障を及ぼす建築物が出現することによつて商業地域としての本来の用途が全うされなくなることがあることを慮り、かかる事態が生ずることを予め防ぐことにあると解すべきである。したがつて、商業地域内に居住する個々の住民が、右のような建築物に対する規制により、商業の利便に関りなく、住環境その他の理由により何らかの利益を享受することがあつても、それは、建築基準法の右規定が直接保護することを目的とした利益ということはできず、事実上の利益にすぎないと解すべきである。また、商業の利便に関する利益を享受し得る立場にある者でも、それが将来取得し得る可能性があるというにすぎず、現実にかかる利益を取得しているのでない場合には、未だ法律によつて保護された利益を有するということはできない。よつて、当審における控訴人らの主張1は採用することができない。

2  成立に争いのない甲第八号証、確定日付部分については成立に争いがなく、その余の部分については弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第一〇号証、本件係争建物の玄関部分の写真であることにつき争いのない甲第一一号証の一、二及び弁論の全趣旨によると、控訴会社は、不動産の所有、売買、貸借、管理及び貸借の受託並びに飲食店の経営を目的とする会社であるが、昭和六〇年二月一日、控訴人公望聡史との間で、同控訴人から本件ビル敷地の隣接地上に所在する二階建建物のうち一階部分二四・〇三平方メートルを控訴会社の営業所として賃借する旨の賃貸借契約書を作成し、同建物一階玄関部分に「公望」の表札に並べて「中央不動産株式会社営業所」なる標示板を掲示したことが認められる。しかし、右甲第八号証によると、控訴会社は東京都目黒区下目黒三丁目二四番一四号に本店を有していることが認められ、また、控訴人らの主張によれば、右建物は控訴人公望所有の住宅であり、同控訴人が居住しているというのであつて、このことに本件訴訟の経緯をも併せ考えると、控訴会社は、右建物において前記の営業のいずれかを実際に行う必要に迫られてこれを賃借し営業所を設置したというよりは、むしろ、原判決に示された判断に鑑み、本件訴訟における原告適格を取得する目的で、訴訟上証拠資料として提出するため、形式上賃貸借契約書を作成し、前示標示板を掲示したにすぎないとみるのが相当であり、上記認定のような事実があるからといつて、控訴会社が右建物において現に商業を営んでいるものと認めることはできない。したがつて、当審における控訴人らの主張2は採用することができない。

三  以上のとおりであつて、控訴人らの本件訴えをいずれも不適法として却下した原審の判断は相当であり、本件控訴は理由がない。

よつて、本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 舘忠彦 新村正人 赤塚信雄)

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